毛丹青の『にっぽん虫の眼紀行』

『にっぽん虫の眼紀行』:毛丹青

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『にっぽん虫の眼紀行』の副題は「中国人青年が見た日本の心」で、発行は15年前の2001年ですから毛丹青が20代,30代のときに書き溜めたエッセイでしょうか。私が読んだのはずいぶん後になってからです。
本屋でこの本を手にしたとき「虫の眼紀行?」外国人が日本をモノ珍しく紹介したエッセイだろうと思いました。違うんです。社会主義の非現実的な世界で、体験から離れていた自分の感性を、日本という現実の中でふたたび取り戻した、見えないものも見えるほどの虫の眼です。それに論理力がある虫の眼です。25編のエッセイは観察的、学問的、それに文学的でもあって短編小説のように読めます。

本屋で最初のエッセイの「イワナ」を読んで買ってしまいました。こんなことが書いています。

著者の妻はドイツ語専攻でベルリンで研究していた。妻をなんとか日本に呼び寄せるための説得工作でベルリンに行った。説得できる力がなく、いつも堂々巡りになる。
ベルリンの中国レストランで食事をした。彼女はイワナの燻製料理を注文した。話がはずまない二人に気を使って、店主が話しかけた。妻は店主と魚の話を始めた。
レストランを出ると妻が言った。
「あの店主が言っていたけれど、日本のある地方のイワナがとても有名なんですってね。——–日本のその地名の発音は、たぶんニイガタですって、あってる?」
私は「そう、そう、そう。それは新潟だよ。日本の北の方にあるんだ」と、急き込んで言った。

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そのイワナが縁で、妻が日本に来ることになった。新潟の山の渓流を調べ、イワナ釣りに必要な装備を準備して、神戸から車で成田に着いた妻を迎に行き、そのまま新潟の山の渓流に向かった。二人はゴムズボンをはいて渓流に入る。渓流とイワナと妻の描写が良い。

—妻はずっと声もあげず、ただじっと水の中のイワナを見つめていた。ザアザアという水音が絶えず聞こえているはずなのに、このとき私は逆に静けさを感じていた。妻は魚を見ている。私は何度も彼女に目をやる。彼女が私について日本に来てくれた決心を思い、彼女が自然に魅せられている姿を見つめる。心には以前のような苛立ちもなく、生活に対する不安を感じることもない。私はただ「安寧」というごくありふれた言葉でのみこの心境を表せる。

「ねえ、見て、見て、早く来て」

この時、妻が小さいけれども急かすような声で私を呼んだ。彼女はもう岩の上の腹這いになっていて、鼻の頭を水面にくっつけんばかりにしている。私は彼女の横に寄り添い、急いで腹這いになって彼女が見ている淵を見つめた。—夜、私たちは車を停めていた山道に戻り、近くの山腹に小さな空き地を見つけてテントを張って、夜を明かした。その晩、日本に着いたばかりの妻も私も甘美な夢を見た。

毛丹青の著書を意識して読んでるわけでありません。たまたま買った中国関連の本、例えば『長文読解の秘訣』、『莫言・北海道走笔』、『知日』などに何故か毛丹青が登場するのです。

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