太宰治の『人間失格』を中国語訳で読む

人间失格:许时嘉 訳

中国語訳の『人間失格』をすらすら読み進めるほどの語彙力はありません。だからと言って辞書を引きながら読んだら嫌になってしまうでしょう。それでまず原書(日本語)の『人間失格』を読み直して頭に入れてから、読み始めました。

ある作家が中国語に翻訳された自分の小説を手に取った時に、その薄さに驚いたと言ってました。そうかと言って意訳されているわけではありません。原文に忠実に翻訳されています。中国語は合理的な言語なんでしょうね。

中国語訳の例(人间失格:许时嘉 訳を引用

小説の冒頭

思い出したくない「恥ずかしい過去」には蓋をしてしまうものでしょう。しかし太宰治は過去の引き出しから恥ずかしい自分を取り出し、イメージを膨らませて小説にする天才です。『人間失格』は、自殺した月に発表されており、自伝でもあり遺書であったと言われています。しかし小説です。

小説の冒頭です。『人間失格』は一文が長い文体になっています。中国語も同じ文体のリズムで翻訳されています。

私は、その男の写真を三葉、見たことがある。
一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹たちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴をはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。醜く?けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関心を持たぬ人たち)は、面白くも何とも無いような顔をして、
「可愛い坊ちゃんですね」
といい加減なお世辞を言っても、まんざら空お世辞に聞えないくらいの、謂わば通俗の「可愛らしさ」みたいな影もその子供の笑顔に無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、
「なんて、いやな子供だ」と頗る不快そうに呟き、毛虫でも払いのける時のような手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。

我、曹经看过 ,张那个男人的相片。
其中1张、应该是那男人的幼年时代吧! 推估约为十岁时所拍摄的相片, 那孩子被一大群女孩包围(可想而知, 大概是孩子的姐妹以及堂姐妹们) 站在庭院池塘旁, 穿着粗条纹的和服裤裙,头微微呈三十度向左偏, 笑得丑丑的。
丑丑的? 不过, 对于迟钝的人而言(意即对美丑并不关心的人), 则是, 副无所謂的表情, 仿佛那孩子的笑脸很普通而说道:
“真是个可爱的孩子啊!”
即使嘴里说得很谄媚, 也未必, 听得出其中的虚情假意。可是只要是对美丑稍微有那么点概念的人, 或许瞄一眼就会说:
“搞什么嘛, 好讨厌的小孩!”
不快地嘟囔着,然后用像是在挥去毛虫的手势, 一把将相片扔下。  

第二の手記の冒頭です

この短い風景描写に、エッと、違和感を感じました。明るい違和感です。

海の、波打際、といってもいいくらいに海にちかい岸辺に、真黒い樹肌の山桜の、かなり大きいのが二十本以上も立ちならび、新学年がはじまると、山桜は、褐色のねばっこいような嫩葉と共に、青い海を背景にして、その絢爛たる花をひらき、やがて、花吹雪の時には、花びらがおびただしく海に散り込み、海面を鏤めて漂い、波に乗せられ再び波打際に打ちかえされる、その桜の砂浜が、そのまま校庭として使用せられている東北の或る中学校に、自分は受験勉強もろくにしなかったのに、どうやら無事に入学できました。そうして、その中学の制帽の徽章にも、制服のボタンにも、桜の花が図案化せられて咲いていました。

中国語は日本語のように頭から読んでいける。

海滨近海岸边上并排着二十多株树皮漆黑相当壮阔的山樱, 新学年一开始, 山樱便与紧黏着褐色身躯的嫩叶, 一齐以蔚蓝海洋为背景, 开着绚烂的花朵。不久后, 到了落英缤纷的时节, 飘落的花瓣便会大量散落到大海, 漂浮在海面上, 乘着波浪, 再度打回海滨岸上。

淫売婦のふところ

酒、女、薬….いつ小説を書いていたんだ、と思ってしまいます。しかしこれだけの作品を残したということは、作家としての書くルーチンは守っていたのでしょう。

酒、煙草、淫売婦、それは皆、人間恐怖を、たとい一時でも、まぎらす事の出来るずいぶんよい手段である事が、やがて自分にもわかって来ました。それらの手段を求めるためには、自分の持ち物全部を売却しても悔いない気持さえ、抱くようになりました。
自分には、淫売婦というものが、人間でも、女性でもない、白痴か狂人のように見え、そのふところの中で、自分はかえって全く安心して、ぐっすり眠る事が出来ました。みんな、哀しいくらい、実にみじんも慾というものが無いのでした。そうして、自分に、同類の親和感とでもいったようなものを覚えるのか、自分は、いつも、その淫売婦たちから、窮屈でない程度の自然の好意を示されました。何の打算も無い好意、押し売りでは無い好意、二度と来ないかも知れぬひとへの好意、自分には、その白痴か狂人の淫売婦たちに、マリヤの円光を現実に見た夜もあったのです。

読み進んで行くと、中国語の方が速く読めるような気がする。文が短いこともあるが、たぶん私が発音できないので完全な黙読になっているからだと思います。

酒、烟、 妓女, 这是每个人都可以用来掩饰可怕人类的好方法, 就算只是一时而已。不久, 连我也有所体认。为了追求这些方式, 我甚至还抱着倾家荡产也在所不惜的想法。
对我来说, 妓女这种角色, 既非人类也非女性看起来倒像蠢疯子, 在她们的胸怀里, 我反而能完全地安心、沉沉地进入梦乡。其实根本一点欲念都没有, 悲哀得很。不知道是不是出于一种同类的亲切感, 那些妓女们老是对我表现出不少自然的好感毫无算计的好感,不带压迫的好感、对于可能就此别过两不相欠的好感, 我还曾在某些夜晚里, 在这些似蠢似狂的妓女们身上, 看见圣母玛丽亚的光辉呢。

人的失格=人间失格 软精装(日汉对照全译本 著名翻译家林少华力作 )

こちらは村上春樹の小説の翻訳者として有名な林少华訳の人間失格です。日中対照になっているので、中国語の学習に向いていると思います。

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